自己中心主義という名の竹馬



「今度は43丁目の屋敷全部、掃除しておいてくれ」
「待て。少しは休ませろ」
「そんな暇あるか。早いところ需要に供給を追いつかせないといけないんだぞ」
「だが、朝からずっと動き続けで・・」
「こっちはもう2週間もこんな調子だが?」
「う」
「暇だ暇だと、いつも愚痴を言っているのはどこのどいつだ?」
「う」
「お前が路頭に迷いそうになったとき、金を貸してやったのはどこの誰だ?」
「その後、屋敷を買い付けるための資金を貸してやったではないか」
「命がかかっているときの金と、半分道楽のための金では価値が違うだろうが」
「確かに質は違うかもしれないが、量が桁違いであろうが」
「量より質だ」
「そうそう、お主はそういう男だったな。 でなければ、そのようなふざけた文句を堂々と掲げてられるわけはないからの」
 普請奉行は店内の壁にかけられている額縁に目をやった。
 そこには、立派な字体で次のような一文が収められていた。
空白
『店賃で薔薇色の人生、地価の高騰で黄金色の人生』
空白
 一瞬の間。
「ああ、そういえば。お前が懸想を抱いているあの未亡人のこ」
「わー!」
 突然の屋敷管理人の曝露に、普請奉行は総毛立つ。
 何事かと、店内にいた人間全員が二人に視線を向ける。
「わかった!悪かった!だから、こんなところでそんな話を持ち出すな!」
 普請奉行は力一杯に屋敷管理人の口を塞ごうとする。
 それを軽くいなして、屋敷管理人は掃除道具一式を手渡した。
「あとで手伝いを寄越すから、それまでは一人でやっておいてくれ」
「くそう、全開放の馬鹿野郎!」
「屋根裏から床下まで、手を抜くんじゃないぞ!」
 自棄になって走り去る普請奉行の背中に、屋敷管理人は念を押した。
「ご主人さま、あの方本当にご親友なんですかい?」
 一連のやり取りを見ていた番頭が問いかける。
「喧嘩するほど仲がいいと言うだろう」
 屋敷管理人は帳簿を繰りながら、どうでもいいといった呈で答えた。
「ほら、そんなことよりもお前も働け。また徹夜になるぞ」
「うへぇ。それは勘弁」
空白
空白
「お疲れさん。差し入れを持ってきたぞ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 家具もなにもない広い部屋の中央で、普請奉行は大の字になったまま首一つ動かそうとしない。
 その横で、番頭も同じように倒れている。
「上等な酒もあるぞ」
 それを聞いた途端、普請奉行だけが跳ね起きた。
「いやあ、さすが我が友。わかっているではないか」
「相も変わらず現金な奴だ」
 呆れながらも、屋敷管理人は普請奉行と、億劫そうに身体を起こした番頭に酌をしてやった。
「ほら、お前もお疲れさん」
「ありがとうごぜぇます」
 それからしばしの間、三人は半分に欠けた月を肴に杯を重ねることに勤しんだ。
「そういえば」
 心地よい沈黙を破ったのは普請奉行だった。
「あちこちの屋敷で僧やら尼さんを見かけたのだが、あれはなんなのだ?」
「ん?ああ、除霊だ」
「除霊?」
「健全な屋敷の数が品薄でな。曰くありの物件も扱わないと、どうやっても足りないんだ」
「それで除霊か。黙って売ってしまえば良いものを」
「そんな不誠実なことができるか」
「お前も相も変わらないな」
 二人のやり取りを聞きながら、番頭は昼間に抱いた疑念を再沸させた。
 普請奉行殿と知り合ったのは今日だが、半日近く共に屋敷の掃除をする過程で、大体の人となりは把握した。
 その結果、どうにもうちのご主人さまとは反りが合わないという結論に至った。
 いったいなにがこの二人を親友たらしめているのであろうか?
(実は、昔は死線を潜り抜けた仲間だったとか?)
(それとも、親同士の仲が良いとかか?)
(いやいや、同じ女性に振られたという説も捨てがたい)
 番頭がたいして意味のないことに考えを巡らせている間にも、酒はどんどんと消費されていく。
「そうそう、除霊と言えばな」
 屋敷管理人が含み笑いをしつつ、後ろを指差す。
「ん?」
「除霊を頼める僧職が足らなくて、ここの裏の屋敷の除霊は忍者に頼んであるんだ」
「忍者?忍者なんかに除霊ができるのか?」
「さあてな。だが、僧職を斡旋してくれた情報通の老人がしきりと勧めてきたんでな」
「人の言うことを素直に信じるとは、疑い深いお主にしては珍しいことだの」
「成功報酬で安かったし、一応知り合いでもあったし、なにより今は猫の手でも借りたいときだからな」
「猫が除霊できたら世話がないな」
「木偶の坊のお前にしては、気の利いたことを言うじゃないか」
(利いてない利いてない)
 内心で突っ込みをいれて、番頭は酒瓶を手にとる。
 いやに軽い。
 傾けてみるが、案の定一滴もたれてこない。
「酒が切れましたんで、新しいのを持ってきやす」
「おう、そうか。頼む」
「気が利いているのは、どうやらお主のところの番頭のようだの」
「恐縮です」
 社交辞令の笑顔で会釈をして、番頭が障子に手をかけたときだった。
空白
「貴様ー!」
空白
 という絶叫が響き渡り、やけに鈍い音が一つ。
 それから、なにかが激しく壁にぶつかるような音が一つ。
 すべて、先ほど屋敷管理人が指差した方角から聞こえた。
「あー、なにか問題が起こったみたいだな」
「すごい音だったな」
「屋敷が壊れてなければいいのだが」
「様子を見にいくか?」
「・・・いや、止めておこう。何故ならば・・」
 屋敷管理人と普請奉行は杯に残っていた酒を同時に飲み干して、
「「君主危うきに近寄らず!」」
 見事にハモる酔っ払いが二人。
(君子だ君子、間違ってるって)
「だーっはっはっはっ、わかってるじゃないか!」
「ふっはっはっ、当然だ!危ないことには手を染めず、」
「危ないところには自ら近づかない」
「そして、おいしいところだけ戴いていく」
「これすなわち、百利あって一害なし!」
「あんな危険な音がするところに近づくなんて、命知らずのやることよ」
「その通り!いやー、今日は酒がうまい」
 再び大声で笑う人でなしが二人。
(ああ、そうか)
 番頭は己が観察眼の未熟さを悟った。
(類が友を呼んだのか)
「おい、番頭!」
「酒はまだかー!」
空白
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 出演協力:普請奉行、屋敷管理人、番頭



屋敷全開放記念